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667(天智6)都を近江大津宮に移す。
694(持統8)藤原京に遷都。
710(和銅3)平城京に遷都。
741(天平13)
 諸国に国分寺・国分尼寺建立の紹を出す。
794(延暦13)平安京に遷都。
902(延喜2)
 若狭・越前など16か国に対し田租を穎で
 徴収することを禁止。諸国の班田を12年に
 1度として励行させる(延喜の荘園整理令)。
919(延喜19)
 渤海客徒の若狭国三方郡丹生浦来着の
 ことを天皇に奏上。
930(延長8)
 若狭・但馬両国に渤海(東丹)使の船を修造
 させ、同客を饗させる。
995(長徳1)
 若狭国に朱仁聡、林庭幹ら唐人70余人が
 来着したとの報告により、越前へ移す。
1109(天仁2)
 大神法使派遣にあたり、昼御座で鳥羽
 天皇神宝をみる。そのなかに北陸道
 若狭姫神の分あり。
1111(天永2)
 若狭彦神社7代禰宜笠景正が「若挟鎮守
 一二宮縁起」を書く。
1167(仁安2)
 大神宝使派遣に際し、六条天皇神宝を
 見る。北陸道は若狭彦神社の神宝。
1185(文治1)
 源頼朝、諸国に守護・地頭を置くことを
 認める。
1192(建久3)源頼朝、征夷大将軍となる。
1212(建暦2)
 若狭の新任国司、一宮(若狭彦)において
 詔戸(祝詞)を奏する。
1248(宝治2)若狭一宮本地仏造像される。
1258(正嘉2)明通寺本堂上棟。
1270(文永7)明通寺三重塔上棟。
1283(弘安6)
 幕府、若狭など8か国の寺社で異国降伏の
 祈祷を命ずる。
1296(永仁4)妙楽寺本堂厨子造営される。
1310(延慶3)
 小浜津に魚仙という人魚が現われた
 という。
1333(正慶2)鎌倉幕府滅亡。
1344(康永3)
 若狭守護大高重成、青井の寺院を禅寺に
 改め、大年法廷を閉山に招いて
 高成寺を創建。
1360(延文5)長源寺鰐口鋳造される。
1384(至徳1)神宮寺山門内仁王像作られる。
1392(明徳3)
 後亀山天皇、後小松天皇に神器を渡す
 (南北朝の合一)。
1398(応永5)
 為生寺(加茂神社)厨子造営される。
1408(応永15)
 旧港〔スマトラ島パレンバン)の施進卿の
 派遣した南蛮船が象などの
 将軍への献上物を携えて小浜に来航。
1412(応永19)
 若狭に南蛮船2般が着岸し、
 小浜の問丸本阿弥のもとに宿泊する。
1435(永享7)羽賀寺の堂舎が焼失する。
1436(永享8)
 羽賀寺の本堂が奥州十三湊の
 安倍康季により再建される。
1441(嘉吉1)
 貞成親王、松永荘新八幡宮より
 「伴大納言絵巻」「吉備大臣入唐絵巻」
 「彦火火出見尊絵巻」などを借覧し、
 翌日内裏に進める。
1447(文安4)羽賀寺の本尊が遷座。
1467(応仁1)応仁の乱が始まる。
1468(応仁2)
 大浜津(小浜津か)守護代官
 左衛門大夫源義国が朝鮮に使者を送り、
 宗貞国を通じて接待を求める。
1468(応仁2)武田信賢が若狭に城郭を築〈。
1471(文明3)
 若狭十二関の一番遠敷郡守護源忠常
 らが、寿蘭という名の僧を護送するとして
 朝鮮に使者を派遣。
1475(文明7)
 戦乱を避けるため京都泉涌寺の仏舎利が
 遠敷郡妙楽寺に移され、維持のための
 仏供米が池田忠祐・同定祐より寄進
 される。
1484(文明16)
 丹後守護一色義直、幕府より小浜支配を
 認められる。
1489(延徳1)飯盛寺本堂再建される。
1492(明応1)
 小浜極楽寺が真盛を開基として
 創建される。
1504(永正1)遠敷郡本境寺が創建される。
1522(大永2)武田元光、後瀬山に築城する。
1536(天文5)天文法華の乱。
1359(天文8)
 遣明使策彦周良、若狭生酒を携えて
 明国に渡る。
1553(天文22)神宮寺本堂再建される。
1570(元亀1)
 織田信長、若狭西往還を通り
 敦賀郡天筒城・金ケ崎城を攻略。
1570(元亀1)
 近江姉川において、朝倉・浅井軍と
 織田・徳川軍が合載。
1582(天正10)本能寺の変。
1591(天正19)豊臣秀吉、朝鮮出兵を命じる。
1595(文禄4)
 豊臣秀吉、朝鮮への再度出兵を決する。
1600(慶長5)関ヶ原の戦い。
1603(慶長8)
 徳川家康、征夷大将軍となり幕府を開く。
1607(慶長12)
 小浜城が一応の完成をみる。小浜町、
 町割で東西2組に分けられる。
1624(寛永1)敦賀郡、小浜藩領となる。
1636(寛永13)
 小浜の八幡小路に市の塔を移す。
1637(寛永14)
 酒井忠勝、遠敷郡羽賀寺の仁王門を
 再建。
1638(寛永15)
 小浜八幡宮の祇園会祭礼で練物が
 認められる。
1645(正保2)小浜城の城郭完成。
1667(貞享4)幕府、生類憐みの令を出す
1667(貞享4)長源寺山門建てられる。
1672(寛文12)河村瑞賢、西廻航路を整備。
1705(宝永2)国分寺釈迦堂建てられる。
1743(寛保3)
 小浜八幡神社の本殿建てられる。
1743(寛保3)
 小浜町で小浜八幡正遷宮を機に放生会が
 さかんになる。
1774(安永3)
 小浜藩、西依墨山を教授として
 藩校順造館を開講。
 杉田玄白・中川淳庵ら、『解体新書』を
 翻訳刊行。
1777(安永6)妙楽寺山門建てられる。
1807(文化4)多田寺本堂再建される。
1832(天保3)
 小浜にペルシャから駱駝(ラクダ)が連れて
 来られ、立光寺で見せ物となる。
1848(嘉永1)
 小浜の商船、松前大島辺で異国船と
 遭遇し所望の品を渡す。
1853(嘉永6)ペリー、浦賀に来航。
1858(安政2)
 京都所司代忠義、攘夷派の志士の捕縛に
 取り掛かり、まず梅田雲浜を捕縛する。
1860(万延1)
 井伊直弼、桜田門外で暗殺される。
1871(明治4)
 廃藩置県により、小浜県が成立する。
 小浜県廃され敦賀県が置かれる。
1876(明治9)小浜神社が創建される。
1876(明治9)
 敦賀県が廃止され、嶺北7郡が石川県に、
 嶺南4郡が滋賀県に分属する。
1877(明治10)西南戦争。
1881(明治14)
 「嶺北」「嶺南」を合わせた福井県が
 設置される。
1887(明治20)小浜、恵(聖ルカ)教会設立。
1889(明治22)大日本帝国憲法発布。
1892(明治25)鉄道敷設法公布。
1894(明治27)
 日清戦争はじまる(〜1895.4.7)。
1904(明治37)
 日露戦争はじまる(〜1905.9.5)。
1909(明治42)歌人山川登美子没す。
1910(明治43)
 第六潜水艇長佐久間勉ら15名、
 広島湾新港沖で演習中殉職。
1912(明治45)
 鉄道敷設法改正により、敦賀・新舞鶴間の
 官設鉄道敷設決定。
1914(大正3)
 オーストリア、セルビアに宣戦布告
 (第一次世界大戦はじまる)。
1922(大正11)
 小浜線高浜・新舞鶴間開通、
 敦賀・新舞鶴間の全線開通。
1935(昭和10)
 小浜町、遠敷郡西津・雲浜村を合併。
1937(昭和12)日中戦争はじまる。
1939(昭和14)
 ドイツ陸・空軍、ポーランド進撃を開始
 (第2次世界大戦が始まる)。
1941(昭和16)
 ハワイの真珠湾を空襲、
 米英に宣戦を布告。
1945(昭和20)ポツダム宣言受諾を発表。
1951(昭和26)
 小浜町と内外海・松永・国富・遠敷・
 今富・ロ名田・中名田村が合併し、
 小浜市誕生する。
 サンフランシスコ対日講和条約・日米安全
 保障条約締結。
1960(昭和35)
 新安保条約・日米地位協定調印。
1964(昭和39)東京オリンピック開催。
1970(昭和45)日本万国博覧会EXPO。
(文) 明通寺本堂
(文) 木造狛犬
(文) 石造五輪塔
(文) 安倍家文書
(文) 銅造懸仏
(文) 銅造懸仏
(文) 銅造懸仏
(文) 銅造懸仏
(文) 銅造梵鐘
(文) 宝篋印塔
(文) 銅造鰐口
(文) 羽賀寺本堂
(文) 飯盛寺本堂
(文) 後瀬山城跡
(文) 後瀬山城跡
(文) 太刀
(文) 神宮寺本堂
(文) 大塩城跡
(文) 大塩城跡
(文) 山八講行事
(文) 龍泉寺庭園
(文) 組屋家文書
(文) 常高院墓所
(文) 萬徳寺庭園
(文) 円照寺庭園
(文) 雲浜獅子
(文) 小浜放生祭
(文) 小浜放生祭
(文) 西津七年祭
(文) 小浜城跡
(文) 酒井家墓所
(文) 銅造梵鐘
(文) 薬医門
(文) 長源寺山門
(文) 壁画床
(文) 障壁画
(文) 古若狭塗
(文) 古若狭塗
(文) 多田寺本堂
(文) 旧旭座
(文) 白鳥会館
(写) ブリの大漁
(写) 小浜公園
(文) 都菓子舗
(写) 小浜町役場
(写) 時代ダッ!
(写) 河岸
(写) 河口風景
(写) 祇園祭
(写) 御用舟集航
(写) 御用船集結
(写) 大手通り1
(写) 大手通り2
(写) 泉町
(写) 西組風景
(写) 白鬚商店街
(写) カニのセリ
(写) 白鳥海岸
(写) つばき回廊